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NOVEL / SAMPLE

コンティニューの代償は、あなたの記憶

第1巻 君が僕を忘れるまで

プロローグ「死んだはずの朝」より

 最初に死んだとき、レイス・クロフォードは、自分が死んだことに気づかなかった。

 痛みより先に、音が消えたからだ。

 石畳を打つ雨。崩れた鐘楼の上で回り続ける、針のない大時計。遠くで誰かが叫ぶ声。剣と剣がぶつかる甲高い響き。全部が一瞬で遠ざかり、最後に残ったのは、胸の奥を内側から押しつぶすような圧迫感だけだった。

 視界の端で、青白い結晶が砕けた。

 その破片の向こうに、白銀の髪の少女がいた。

「伏せて!」

 間に合わなかった。

 黒い槍のようなものが腹を貫いた。

 自分のものとは思えないほど大量の血が、濡れた石畳へ流れていく。少女が何かを叫びながら駆け寄ってくる。青い目が大きく見開かれた。白と紺の外套。金の縁取り。右手には細身の剣。

 知らない人だった。

 知らない街だった。

 なのに、レイスは妙に冷静だった。

 ――やっぱり、ここ、現実じゃないのかもしれない。

 数分前まで、彼は別の世界にいた。

 学校帰りの駅前。雨。赤信号。誰かが落とした透明なビニール傘が、風に転がっていた。そこまでは覚えている。次に目を開けたら、この街の路地裏で泥水に頬をつけていた。

 スマートフォンはない。制服もない。

 代わりに黒い長衣と革のベルト、腰には見覚えのない剣。首元には、ひびの入った銀色の懐中時計が下がっていた。

 状況を理解する前に、獣のような影に追われ、角を曲がり、白銀の髪の少女と出会い、そして今、死にかけている。

「聞こえる? ねえ、名前は?」

 少女の手が、レイスの頬に触れた。

 温かかった。

 その温度だけが、ありえないほど鮮明だった。

「……レイス」

 なぜか、その名前が口から出た。

 本来の自分の名前ではない。

 けれど、ここではそれが自分の名前なのだと、記憶のない部分だけが知っているような感覚があった。

「レイス。大丈夫、まだ――」

「無理だと思う」

 少女が息を呑んだ。

「そういうこと言わないで」

「じゃあ……名前、教えて」

 自分でも、なぜそんなことを聞いたのかわからなかった。

 死ぬ前に知る必要などない。

 少女は唇を噛み、それでも答えた。

「フィアナ。フィアナ・ルクス」

「フィアナ」

「うん」

「覚えた」

 彼女の表情が歪んだ。

「覚えなくていい。生きて、もう一度聞いて」

 その言葉が、やけに悔しかった。

 もう一度。

 あるなら、そうしたかった。

 胸元の懐中時計が、ひどく熱くなった。

 割れたガラスの奥で止まっていた秒針が、ひとつだけ逆に動いた。

 カチ、と。

 そこで世界が消えた。

試し読みはここまでです。

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